日本の理系修士vs台湾の理系修士

はじめに

前回の記事に対するコメントで日本の大学と台湾の大学で両方、修士課程を経験している私にそれぞれの違いを語って欲しいというお声を頂いたので、今日はそれについて書いてみたいと思う。

記事のタイトルは「日本の理系修士 v.s 台湾の理系修士」としたが、私も日本と台湾の全ての大学や学部・研究科の状況を知っているはずもなく、あくまで私個人の経験の違いとなる。いわば「日本のいた時の自分 v.s. 台湾にいた時の自分」と思って読んでいただくのが良いかも知れない。

そもそもなぜ日本と台湾で修士課程を経験することになったかという事について書いておきたい。

中学高校は奈良県の私立の中高一貫校に進み、普通の高校生と同じように、大学受験をして京大工学部に進学した。私の母校も最近では京大より東大への進学者が多くなったらしいが、当時は京大至上主義みたいなところがあった。私も今でこそ海外の大学院にいるが、高校生の頃は海外はおろか関西圏を離れることすら想像ができなかった

私は中高時代から数学が好きだったが、趣味でプログラムの本を読むなどしており、高校生の自分なりに将来性などを考えて、工学部の情報学科に進むことにした。実は大学でも数学を専門的に勉強したい気持ちもあったが、当時の工学部は2次試験で国語が必要なかったので、特に国語が苦手だった私には学力的にも工学部の方が都合が良かったこともある。(理学部は当時から2次試験に国語が必要)

大学時代にはろくに勉強もしなかったが幸い4年で卒業し、大学4年の夏には何も考えずに、そのまま院試を受けて、同じ研究室に残ることが出来た。その時は、まさか数年後に台湾に行って応用数学の分野で修士を目指すことは想像だにしなかった。日本の大学院生活では、研究に興味が持てず苦痛な2年半を過ごした。

日本で大学院を卒業後は、中国人の知り合いとビジネスを始めたが、間もなく彼が色々やらかして、私も面倒に巻き込まれ、ビジネスも半分頓挫する形となった。まあそうこうしているうちに、数学や統計を勉強することが私の精神安定剤のようなものになった。そして自分は実は数学が一番好きだったのかもしれないと気づき、さらに数学や統計の分野で学位を取りたいという思いが芽生えた。今思えば、それはやり残した青春をもう一度探しに行くような気持ちに近かったかもしれない。

勉強を始めた年に受験した「統計検定」(1級)という資格試験では無事合格し、そのすぐ後も台湾大学・応用数学科学研究所への進学が決まった。

以下に日本と台湾の修士時代の違いを書いていくが、私のその時のモチベーションによって捉え方が違っている部分もあるので、どちらの方がいいか…というような事はないと思ってほしい。

コースワーク(授業)の違い

京大の修士時代も授業はあったが、その負担は大したものではなかった。 エネルギーの多くは研究に費やしたと思う。授業もレポートだけで単位が取れるものが多く、試験があっても大した勉強をしなくても単位は簡単に取れた。(むしろ試験は学部時代の方がずっと難しかった)これは工学系だったからかも知れないし、京大だったから緩かったのかも知れない。

一方で台湾大学の修士生活のエネルギーの90%以上はコースワークに費やしたといっても過言ではないだろう。実解析(測度論)、数理統計、回帰分析、多変量解析、データサイエンス、確率論を履修したが、ほぼ全ての科目は筆記試験で決まった。また特に解析系の授業は毎回、ものすごいスピードで新たな定理が出現し、その負担はとても大きなものだった。そして試験でいい点数を取れるように、毎日遅くまで図書館に籠もって必死に勉強した。たぶん大学受験の時よりもマジメに勉強したと思う。(私が勉強した時に作ったノート等の一部はこちらにアップしている)

研究のやり方の違い

京大の時の方が研究としてのクオリティは高く求められたと思う。当時は、自分で研究の目的や意義やアプローチなどの道筋をしっかり立てることを教授達から厳しい水準で要求されていたと思う。ただこれは京大だからというより、工学系だったというのもあると思う。


一方で台大では機械学習に関する研究をしており。誰も試したことの無い手法を提案・実装し、テスト結果をまとめている状況だが、教授からは修士の論文としては十分だと言われている。個人的には「この程度でいいのだろうか」という拍子抜けした感じがしている。ただ私は純粋数学ではなくて、応用数学だからこのようなやり方が許されるのかもしれない。

数学の進度の違い

私は日本の学部では数学科に属していないので、認識に誤りがあるかも知れないが、一部の解析科目に関しては日本の方が台湾より進度が速いかもしれない

例えば台湾大学では測度論・ルベーグ解析(実解析)の授業は修士1年の配当科目だが、日本の大学の数学科では、学部3年生ぐらいで履修するのではないだろうか?(ただ体感では、私が履修した測度論・ルベーグ積分は毎回の授業の進む速度が相当早かったので、もしかすると日本の学部で学ぶ時より深く勉強しているかもしれない)

日本では、高校生の段階で、既に多項式以外にも、三角・指数・対数関数、合成関数、積・商の微分や、それらの積分や各種、求積手法など勉強し、しかも大学受験の2次試験でも問われるため、一定レベルの大学に通う理系学生は、解析に関して、高校段階でかなり習熟しているのではないだろうか。

聞いた話では、台湾の高校でも学ばないことは無いらしいが必ずしも皆が試験で必要というわけではないらしい。しかもほとんどが「學測」、「指考」等の統一試験で進学先が決まるようだ。日本の高校生の数学の水準が、高難度の大学入試によって支えられている側面がなきにしもあらずかと思った。(知らんけど)

休日の過ごし方の違い

日本にいた時は、学部生の時も院生の時も休日に勉強したり、研究室に来るなんて考えたくもなかった。一方で台湾では休日も関係なく図書館に来て勉強しにきていた。別にそれが苦だとは全く思わなかったし、そうでもしなければキャッチアップできないというのもあった。

また長期休暇中に関して、日本の時はアジア圏以外にも、ヨーロッパ・中東などの遠い地域にもよく足を伸ばした。(実は日本で大学生だった頃は将来旅人になりたいという気持ちがあったw) 台湾での長期休暇は専ら東南アジア(ベトナム、タイ、ラオス、マレーシア、インドネシア)に行っている。台湾からだと東南アジアへのアクセスが比較的良い気がするので、台湾にいるうちに東南アジアをもっと攻めて行きたい。

自己肯定感の違い

台湾に来てから日本にいた時より勉強に関して自己肯定感が上がったと思う。

日本で大学、大学院にいた時は勉強に興味が持てず、全く真剣に取り込んでこなかった。しかし台湾に来てからは、数学や統計の勉強が好きだと言うことに気づき(歯を食いしばる瞬間も多いが)、試験でもいい成績が取れて、教授・担当教師からも誉められることもあり嬉しかった。 日本の大学時代に自分がろくに勉強しなかったこともあるが日本の大学・院にいた時は、教授から肯定的なコメントを貰ったことは1度も記憶にない。

統計系の科目の試験は、中間・期末はほぼ毎回1位だったと思う。解析系も、たぶん確率論は1位、実解析の中間は自分より点数が高い人がいたが、その時もトップ層だったと思う。結果的に全科目でGPA4.3だった。日本にいた時の自分からは考えられない進歩だと思う。台湾に来て数学や統計を勉強したことは私の人生にとってかなり大きな意義があったと思う。

そうは言えども、今こうやって努力できるのも小さい頃から日本の教育を受けたおかげかもしれない。日本にいた時は、興味のない科目の勉強は嫌々やることが多かったが、台湾より人口の多い日本で、小さい頃から競争に晒されていた事が、「これだけの努力をすれば、周りの連中に勝てる」といった感覚を多少は養ってくれて、結果的に台湾の大学院でも上手く立ち回る事に一役を買ったのかもしれない。

 

以下は余談。台湾に留学に来ると外国人はお客様扱いされるといった話を聞く。自分が勉強に必死に取り組んで来たこともあるかも知れないが、私の周りのクラスメートや教授達は、一度も私を外国人だから手加減してくることはなく別け隔てなく接してくれた。そして時には分からない問題を私に聞いてくれたり、一緒に議論してくれたりした。そんな彼らに感謝しつつ、この記事を締めくくりたいと思う。

日本の理系修士vs台湾の理系修士」への2件のフィードバック

  1. こちらをリクエストした者です。大変詳しく書いていただきありがとうございます!!
    「講義」と「研究」の比重が日本の修士と台湾の修士ではほぼ真逆のようですね。日本の大学教員のウェブサイトや大学院生のブログを読むと、「修士課程は研究がすべて」「休日も研究室に行くのがデフォ」といった記載を目にしますが、どちらかといえばそれは日本国内限定の現象なのかなと思いました。台大の応用数学修士課程におけるコースワークのことやjuncheng様の勉強習慣もあらためて知れて非常に参考になりました。
    今後ともどうぞお身体に気をつけて。ブログ記事楽しみにしています。

    1. ありがとうございます。今年で卒業しますが、しばらくは台湾にいるかもしれないので、また時々ブログ記事はつづけたいと思います。

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