卒業前に台湾大学での学びを振り返る

来る2019年6月1日は台湾大学の卒業式である。先日、数学科の事務室から電話があり、卒業式における応用数学研究所の「領證代表」、つまり卒業証書を受け取る代表者に選ばれたと連絡があった。どのような基準で選ばれたかは知らないが、この3年間の学業成績が認められたのであれば大変嬉しく、また光栄に思う。

今は来月初頭に参加する予定の統計学研究報告会の準備や修士論文の執筆を行っている。少し気は早いかもしれないが、最近はコンピュータを開く回数が多いので、この3年間の学びについてブログ上で振り返ってみたい。

1年目の前期

8月15日に台湾に到着し、9月初旬の授業開始までは、1ヶ月近くあったため、家の近くのマクドナルドや図書館に行って解析(測度論・ルベーグ積分)の勉強を行っていた。数学科出身ではない自分が、大学院の応用数学研究所で、しかも海外の大学院で果たして勉強がうまくついていけるかという不安が強くあった。

台湾大学での初めての授業は実解析I(測度論・ルベーグ積分)だった。あの日、まだ早い朝の8時台に教室に台湾人学生が集い始め、知り合い同士もいるのか談笑を始めた。「ああ、海外の大学院に来てしまった…」と心が重たくなったのを今でも覚えている。しかし中国語が話されているという以外では、授業や教室の雰囲気や、学生の外見なども日本と似ていると感じてからは、どこか親しみを感じ始めたのだった

実解析I以外にも、高等統計推論I回帰分析という統計系の授業を履修したが、3科目も履修するのはとても負担が大きいと思った。しかし台湾大学に入る前から院試準備などで、統計学は特にしっかりと勉強していたので、統計系の2科目に関してはあまり苦労しなかった。中間試験・期末試験もたぶん1位か2位の出来だったと思う。

実解析Iは解析系の科目で、毎回次々と新しい定理などが出てくるので、キャッチアップが全然出来なくなった。しかも指定の教科書がなく先生の板書だけだった事で、とても勉強がしづらかったと思う。加えて私が数学科出身ではないので、集合・位相・極限などの取扱いに習熟していなかったのも負担を増加させる原因となっていた。

そこで中間試験まで受けて履修停止をすることにした。規定では毎学期に1科目までは履修停止することができ、履修停止した科目はGPAに影響を与えないからである。実解析Iの中間試験は69/100点だった。その後、先生に履修停止の同意のサインをもらいに行った所「君の中間試験の成績はかなり上位なのに、本当に履修停止するのか?」と言われた。その言葉のおかげで、今までの不安や弱気が救われた気がした。次の年は完璧に理解して、いい成績で通過しようと心に誓ったのだった。

台湾大学での初めての学期が終了し、旅行先のフィリピンからネットを通じて成績発表を見た。高等統計推論I回帰分析A+の成績だった。それが自信につながった。どうせなら今後も出来る限りいい成績で通過してやろうと考え始めた。・・・だがそれは、そう簡単な道のりではなかった

1年目の後期

1年目の後期は、数学科3年配当の統計学のTAの仕事を任された。回帰分析の期末試験の後に、「来学期の数学科学部生向けの統計学のTAをやってくれないか?」と先輩から頼まれたから引き受けたのである。TAの仕事は宿題の採点、小テストの作成と採点、中間期末試験の採点だった。授業以外で大学との接点が出来た事と、海外から来た私に何か仕事を任せてくれた事は嬉しかった。また履修生からのコメントで「TAが非常に細かい所まで気を使って採点や宿題チェックをしてくれた」と書いてくれていたのも嬉しかったと思う。

また1年目の後期は高等統計推論II多変量統計解析の授業を履修した。高等統計推論IIは前期と同様に順調だった。だが多変量統計解析は非常に厄介だった。特に教授が…。あれは台湾大学で最も鬼畜な授業だと思った。内容は初めに、多変量正規分布とそこから派生するウィシャート分布、Hotelling-T2分布、ウィルクスのΛ分布などを学び、そこから主成分分析・因子分析・判別分析…etcなどオーソドックスな多変量統計の手法を学んで行った。

しかし試験等の採点が極めて鬼畜だった。例えば試験などで解答の導出過程や答えもほとんどあっていても、少しの小さなミスがあるだけで、部分点もなく0点にする、そういったやり方だった。偶に正解していても0点になっていることもあった。もはや、ぐうの音も出ないくらいの完璧に綺麗な解答を書き上げる必要があった。さらに中間試験などでは明らかに初見では解けない問題ばかりを出題した。それで嫌気がさして、この科目も履修停止し、翌年に再履修することにした。高等統計推論IIの成績は無事にA+だった。

こうして1年目が終わったが、授業の履修だけでかなり大変だった。そこで2年次は、1年目に履修停止した科目をよい成績で取ることを目標にした。実解析Iが大きな不安要因だったので、2年目が始まる前の夏休みは、ほぼ毎日図書館で、日本から持ってきた吉田伸生先生著「ルベーグ積分・使うための理論と演習」を読んでいた。それは2年目の実解析の履修する上でとても役に立った気がする。

2年目の前期

1年目に履修停止した実解析Iデータサイエンスの統計基礎I(資料科學之統計基礎)という授業をとった。実解析Iは担当の先生が変わり、きちんと教科書もWheeden and ZygmundMeasure and Integralという本に指定されたおかげで、1年目より勉強しやすかった。吉田先生の著書のように、抽象的な測度空間上の積分から定義を始めるのではなく、最初から急にルベーグ外測度を定義するスタイルの本であったが、吉田先生の本を読んでいたおかげで、理解も速く進んだ。中間試験はかなり難しく75点(一応多分トップ層?同じ応用数学の同級生は45点ぐらいだったような…)だったが、期末試験は95点で、A+の成績を取れた。解析系の科目でA+の成績を取れたことが、自分の中での非数学科出身コンプレックスみたいなのを少し克服できた気がする

またデータサイエンスの統計基礎Iという科目は、数理統計・回帰分析の話ばかりで私にとってはかなり簡単だった。中間試験の後、教授が悲しそうに「みんなの試験の出来はよくありませんでした…」と言っていたが、私は1問ミスっただけで101/105点とほぼ満点の成績を取れた。期末試験は返されなかったが、ほぼ満点だったと思う。もちろんA+の成績だった。

2年目の1学期を乗り越えてから徐々に自分の中で自信が付き始めたと思う。そして周りからも一緒に分からない所を討論しあったり、逆に教えを請われる機会も増えていったと思う。

また2年目からは修士論文の指導教授が決まり、時折、先生と集まって与えられたデータ分析について発表・議論したりした。例えば脳の3D画像を畳み込みニューラルネットワークなどを用いて分析するなどを行った。脳の画像は次元数が巨大なわりに、データ収集のコストが高く、サンプル数が多く集められない。そこで機械学習の分類を行う場合は、データの次元圧縮が必要になる。そういったことから、私の研究の方向も、畳み込みニューラルネットワーク内での次元圧縮手法へと決まっていった。

2年目の後期

2年目の後期は1年目に履修停止した多変量統計解析データサイエンスの統計基礎IIを履修した。

多変量統計解析は昨年度と同じ担当教官だったため、学期開始前に一通り昨年度の復習をした。本年度も相変わらず鬼畜だったが、小テストや中間・期末試験前に、手が痛くなるまで数式を書きなぐって、練習をした。例えば証明問題などは、導出仮定を手が覚えるぐらい何度も書き直した。一度、図書館で数式を書きなぐっていたら、隣に座っていた人に「静かにしてください」と言われたこともある。

この授業は相当鬼畜であるにも関わらず、なぜか何も知らない他学科の履修生も来ることがあり、最初は20から30人いたが、最終的には8人まで減った。残ったのはほとんど応用数学研究所と数学科の学生である。ちなみに私はA+で、私によく質問に来ていた数学科の優秀な4年生の後輩はA-だった。私と同期の修士2回生の一人と、もう一人の数学科の学生はB-B+だった。それ以外は全員落とされた。(他学科は一人も通っていないはず)つまりそれだけ壮絶で鬼畜な科目(教授)だった。

次にデータサイエンスの統計基礎IIは私の指導教授の担当する科目だった。高階特異値分解や、マルチリニア主成分分析などのデータ圧縮手法や、ニューラルネットワーク等の話題に触れた。統計というよりかは、(必ずしも分布を仮定しない)データサイエンス寄りな話題が多かった。この科目は私が履修した中で唯一筆記試験のないゆるい科目だった。成績は無事A+だった。

3年目の前期

私の応用数学研究所では24単位(8科目)を履修しなければならない。この時点ですでに21単位を取り終えていた。学部生からすれば21単位は非常に少ないと感じるかもしれないが、(応用)数学の大学院配当科目は非常に負担が大きい。特に解析系の科目は1科目履修するだけでかなり辛い。

3年目の1学期は確率論Iベトナム語I(上)を履修した。確率論Iは測度論を元に確率空間、確率、期待値、条件付き期待値などを定義するものである。内容は測度論の復習、大数の法則、中心極限定理、マルチンゲールである。

応用数学研究所の規定では実解析I確率論Iいずれか履修しなければならないことになっており、このような負担の大きい科目を両方履修する必要はないが、統計を勉強する者は確率も理解しておかなければならないという考えから、確率論Iを履修することにした。

確率論Iは夏休みのうちに中国から取り寄せた簡体中国語の確率論の教科書「测度论与概率论基础(北京大学出版社)」を読んで予習しておいた。このことは、後で非常に役立ったと思う。内容の多くが確率論を学ぶために必要な解析・測度論の解説に当てられており自分の中で良い復習になったと思う。

大学の指定教科書はRick Durrett著のProbability: Theory and Exmaplesであった。中間試験の成績は102/110だった。数学研究所の解析専攻の博士課程の学生なども履修していたが、たぶん私の得点が1番高かったのではないかと思う。担当の教師に「君は解析専攻の学生か?」と聞かれた。「いいえ統計専攻です」と言うと「統計専攻なのに解析もできるなんてすごい!」と褒められた。

台湾に来た頃は、非数学科出身の私にとって解析が弱点だと自分では思っていた。単に苦手だった解析が少し分かるようになっただけかもしれないが、この2年で何かとても大きく成長できた気がした瞬間だった。期末試験は返却されなかったが、期末試験もほぼすべてできたと思う。そして無事にA+の成績がつけられた。

こうして卒業要件24単位すべてをA+の成績を取ることができた。筆記試験という主観や温情が入ることのない純粋実力主義の中で、毎回きちんと得点をとって結果を残せたことは私の台湾留学生活の中で誇りと自信になった。

なぜか最新学期のGPAだけ有効桁数が違うという仕様w…

またこの学期は確率論以外にベトナム語の授業も履修した(卒業単位とは一切関係がないが…)。実は長期休暇の際にベトナムに遊びに行くことがあり、ベトナム語を勉強したいと思っていた。実は前学期に、政治大学が外部向けに行っているベトナム語の公開講座に参加しており、毎週1回、夜の時間帯にベトナム語の発音を勉強しに行った。そしてこの学期は、せっかくなので自分の大学の授業で取ることにした。人気の授業なのか、必ずしも履修できるとは限らないらしいが、私は幸いにも履修することができた。

ベトナム語の中間試験はベトナム人の先生との1:1の口述試験(発音の試験)で紙に書かれたベトナム語を読み上げるというものだった。全然自信がなかったが、幸い試験終了後に「発音がとても正確ですね」と褒めてもらった。期末試験は筆記試験だったので難なく乗り越えられた。成績はこれもA+がつけられた。

実はそれには後日譚があり、今学期も引き続き、ベトナム語を履修しているが、最初の授業の時にベトナム人の先生から、「あなた、前学期の期末試験の得点は1番だったわよ。外国人の学生なのに偉いわ。」と褒められた。

そういえば台湾に来て、今までずっと応用数学研究所の科目しか履修してこなかったが、これまで「外国人の学生」という切り口で自分のことを語られる事はなかったと気づいた。

そのベトナム人の先生が、私の事を外国人だから特別扱いしてきて嫌だといったことは全く感じていない。むしろ非中国語母語者である私の学習状況を気遣ってくれていると感じてありがたかった。

しかし一方で、応用数学研究所の教授や同級生たちは、今まで私が外国人だからといって何か特別扱いしたり手加減したりといったことはなく分け隔てなく接してくれた….と少なくとも私自信は感じている。そして、その事に対しても、私はとても感謝している。なぜなら自分の専門分野については手加減なしで一緒に戦ってくれることが最大の敬意だと感じていたから。

3年目の後期

春節前に教授とのミーティングでようやく私の修士研究の最終的なネタが確定したと思う。畳み込みニューラルネットワークにおけて、プーリング層にとってかわる、次元圧縮の手法を提案し、それを実現するために必要なバックプロパゲーションの微分計算の導出、さらにはそれをコンピュータ上で実装し、既存のプーリング層との性能比較実験を行った。(行列を含んだ少し複雑な微分計算は教授の助けを借りた) 研究は現在、成果をまとめているところなので、また機会があれば、私の修士研究についても紹介したい。

すでに先月末に、規定に従い、数学科事務室に研究紹介ポスター(ver1.0)を提出し、現在数学科事務室前に掲示されている。後は論文を完成させ、口頭試問を実施することで応用数学の修士号が与えられるという予定である。

また今期も引き続きベトナム語の授業を履修している。今学期は、実用的な会話を勉強しており、新出単語も増えてきて中々暗記するのが大変である。先日終えた中間試験では先生からよく出来ていると言われたので、悪くない点数だと思う。期末試験は、筆記試験なので気を抜かないように頑張りたい。

最後に

私の苦労話(自慢話?)を最後まで長々と読んでいただき恐縮である。この3年間はここでは書ききれなかったような辛いことも沢山あった。このブログが一体どのような人に需要があるかは定かではないが、もしこれから海外に留学するけど不安を抱えたり、いま正に留学しているけど勉強で苦しんでいる人達の勇気になれば幸いである。

中国語に「台上一分鐘,台下十年功」という私の好きな言葉がある。私はその言葉の意味を、たった一瞬のスポットライトを浴びるのに10年間の影の努力が必要であると心得よ、という古来中国から伝わる尊き教えだと解釈している。

数学の勉強は地道で苦しい鍛錬である。わずか3年間ではあるが、それを地道に続けてきた結果、光栄なことに卒業式の「領證代表」に選ばれた時、その言葉をふと思い出した。これからの人生もこの言葉を胸に刻みながら地道な鍛錬を続けられる人でありたいと思う。

昨今はYoutuber、ブロガー、インフルエンサー、アプリ制作etc…のように“流行り物”に乗じて、成功してやろうといった世の中のトレンドを感じている。(ほとんどの人がそういった道を歩まなくとも、強い関心が集まっていると思う) しかし“流行り物”での成功というものは、必ずしも実力によって裏付けられたものではない、と私は思っている。

一方で、例え研究者にならなくても、数学を始めとする地道な努力が必要かつインチキのきかない世界での成功は、往々にして、実力によって裏付けられた確かなものだと思っている。私のような不器用な人間を含めた多くの人にとっては、そういった世界で地道な努力を重ね実力に裏付けられた成功を掴む事が幸せな生き方ではないだろうか、と未熟な私なりに考えている。“流行り物”に注目や関心が集まりがちなこの時勢にこそ、「台上一分鐘,台下十年功」という教えを忘れなようにしたい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください